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seize the day

9月28日
読了時間: 3分

大学時代の戦友が新潟から数年ぶりにやって来た。


嬉しいことに今年は本当にこういうことが続く。友達は本当にいいね。


奴とは同じ釜の飯を食った同志であり、僕が30歳で勤めていた会社を辞め、8年ぶりに雪山に戻り現役復帰しようと決意した時に様々なサポート、コーディネートしてくれた恩人でもある。まあ、互いの人間性は良く知るところなのである。


この夏、60歳を目前に勤めていたスキーメーカーを辞めた。数年前に離婚、次男は奴のところに留まりまだ大学生だというのに。

賢いのかバカなのか?損なのか得なのか?まあ、そういう物差しでは測れないものがあるんだろう。


僕の周囲を観察していると、あと数年我慢して何とか逃げ切って老後を迎えようとする人と、稀に奴みたいに定年(単なる通過点に過ぎないけどね)を目前にそこから離脱する人もいる。僕自身も、あらゆる組織と集団から離脱して完全に「個」になって数年。


ちなみに僕ら、時代は「昭和」でこの国で一番「右」だと言われる大学の「体育会」。

「令和」の時代においてはまるで通用しない理不尽さと厳しさとバカさ加減。ご察し下さい、想像超えると思うけど(笑)

どんなに厳しくて理不尽な組織や社会であろうと、そんなものは軽々と超えられるだけの耐性は十分過ぎる程ほど養ってきたのである。そうだ、ついでに奴は部員4~50人を束ねる主将で、その経験やスキルは組織や社会ではもっとも重宝されるんじゃないかな。


とはいえ、仕事をして生きているのに仕事に殺されてはどうにもならん。仕事だと割り切って自分の声に背くほど器用でもない。

周囲のようにガサツに何となくやり過ごすことも出来ない。僕も十分に面倒くさいが、奴も十分に面倒くさい。ついでにバカさ加減は共に大学時代と何にも変わらない(笑)つまり、残された道は自分の声に背くことなく、貫くしかないんじゃないかな。例え初老であろうとバカであろうと時代と迎合できなくても、何であろうと。


ということで能動的に戦線離脱した奴の、ささやかな歓迎会。

よーく喋って食って飲んだ。死んだようにベットに入ったけど、翌朝奴はオレよりも早く朝5:00に野良着を着て畑で待機していたよ。

オイオイ合宿じゃないんだからさ、頼むよ。いつも友達が来て思う事だけど、息子友達のバカ話に付き合い楽しそうに僕らよりもよく食べるママさん、それはそれでスゴイ。


奴はその後、函館を出発して車中泊をしながら道内の「なーんにもない」大自然だけがあるところをチョイスしながら旅をして、今日また函館に立ち寄りフェリーで大間(青森じゃないところがまたおバカ)に渡り、東北を旅しながら新潟に帰って行った。最後に互いにある約束をして。




 
 
 

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