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- 3 日前
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今日の函館は冷たい雨。なので、休養とリカバリーに当てました。
アイルランドを代表するシンガー、ドロレス・ケーンが亡くなったそうです。
10代後半から20代前半にかけて。「これ好きだなー」と思う音楽はだいたいアイルランドとかスコットランドが多かった。今も変わらないけどね。
時代は80年代後半から90年代。
当時、四つ下のガールフレンド(オレ大学生、彼女高校生!)がU2やエンヤがとっても好きで、いつも「何かありそうな国アイルランド」のことをよく話していた。その頃はまだ「トラッド」や「コンテンポラリー」なものをそれほど深追いすることはなく。
87年、僕が所謂「アイリッシュトラッド」を深掘りしていく決定的なアルバムThe Waterboysの「フィッシャーマンズ・ブルース」がリリース。
スコティッシュである我が心の師匠マイク・スコットがアイルランドに渡り現地のミュージシャン達と作り上げた傑作。そこから一気に僕の「アイリッシュトラッド熱」に火が着く。なので、90年代に入ってからの英国の「ブリットポップ」やアメリカの「グランジ」には全く興味が行かなかったのです。
当時は外資系のCDメガストアが乱立していて、アイリッシュトラッドやコンテンポラリーのCDもジャンジャン手に入れることが出来た。
そんな折、確か90年かな?おそらくロック系以外では最初かと思われるアイルランドを代表するミュージシャン、メアリー・ブラックが来日。
五反田郵便貯金ホールだったと思うけど、ガールフレンドと観に行きました。その歌とバンドの演奏は本当に素晴らしい体験だった。
そのメアリー・ブラックと共にアイルランドを代表する女性シンガー、ドロレス・ケーンが96年に来日。名前忘れたけど原宿のホール、ゲストに山口 洋(HEATWAVE)。当時僕は1年中、革ジャンにブラックジーンズにDrマーチンのブーツが正装(笑)。
日本でも所謂「ワールドミュージック」がブームとなり、会場に行くと何ともお上品な「お芸術鑑賞」みたいな人達と「大使館がらみで来ました」みたいな人多数で、明らかに「野良犬チックなわたくし」は場違い甚だしく(笑)。かなり居心地悪るかった記憶がある。それでもドロレス・ケーンの歌はメアリー・ブラックと同じコインの表と裏みたいな感じで、凄みがあって圧倒された。
ドロレスの紹介でライブ後半に紹介された山口 洋。
僕の場違いを遥かに超えて、皮パンに真っ赤なシャツ、髪の毛をおっ立てて、グレッチで登場(笑)ドロレスの歌に寄り添いながらも時々ブチかますグレッチギターにドロレスは満面の笑みで応えていた。ビートルズの「LET IT BE」のカバーも素晴らしいものだった。
もう30年も前の話だけど、その時の体験が今も僕の中に確かに刻まれて息づいている。
「何かありそうな国アイルランド」には未だ一度も行ったことはなく、音楽を通してでしか分からないけど、そこには確かに深い悲しみと本当の意味での「ソウル」が宿っているといつも感じるのです。

















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