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本日も寒い中、「はこだて工芸舎」さんでの出張販売にお越しいただきありがとーです。
つくづつ、お客さんに恵まれているなーと。感謝です。
何かね、リスペクトって言葉が安っぽくなりすぎてイマイチ使うことに躊躇したりするんだけど、リスぺクトしていただいているのが伝わるんすよ。ありがたいことに。
ゆえに、手は抜けんし精進せんとなーみたいな。
あっ、たまに未だに便利屋みたいに扱おうとする人いるけど、丁重に拒否ってます。
まっ、それも長年築いてきた自分の在り方のツケなんだけど。
で、今日はこの「招待」と題されたネイティブアメリカンの長老の言霊。
記憶が正しければ、28か29歳の頃に出会っています。25,6年前のこと。
「ゼロからやり直しの儀、その1」みたいな時期です(笑)ちなみに、「その3」まであります(大爆笑)。いつまであるんだー?
大学卒業後、そのまま東京在住。まあ色々あって、というよりは20代のツケが全部回って来て、主体的にゼロにしないとオレこの先ダメかな?みたいに思って、その瞬間、その日に勤めていた会社辞めて、8年のブランクがあったけど無謀とも言えるやり残したことに再挑戦。
これ、お告げみたいな感じ。いいのかそれで?やりたいんでしょ?やり残してんでしょ?
やらないで20代終わるの嫌なんしょ?みたいな、何か天から美輪明宏みたいなもう一人の自分が囁くのです。
そして、これもまた自分からというよりも、向こう側からやって来た、或いは導かれて出会ったのが、ネイティブアメリカンに関する書籍やフィンドフォーンに関する書籍だったり、その他いろいろな人との出逢い、或いは再会。
ただ、ネイティブアメリカンもフィンドフォーンのメッセージも、当時の僕を奮い立たせるには十分だったけど、そのメッセージに精神も肉体もまったく追いついていない状況。
特に肉体を通過しての精神性という意味において。
で、わたくし、そこから一切の活字、書籍、本をシャットアウトして、ひたすら肉体的な方向にシフト。その再挑戦と言うやつが、三流アスリートのそれであったこともあり、毎日毎日灼熱の夜の東京で自主トレの日々。
で、有り金はたいて、南半球ニュージーランドへ自主トレ。3,4か月いたのかな?
その後のどうのこうのは、またの機会にでも。
活字や書籍をシャットアウト、頭で考える以前に自分の五感、感情に忠誠を誓うこと。
頭や概念や知識や経験則ではなく、今その瞬間、肉体、身体を通じて感じたことを優先する事、エトセトラ。
そんなこんなで、あれから約四半世紀。ほぼほぼそんな感じで生きてきて、それでもやっぱり「その3」みたいなのがやってきたところに、お逢いしたこともない見ず知らずの方から届けられたのですね、この「招待」と題されたネイティブアメリカンの長老の言霊。
時を同じくして、何故かロビー・ロバートソンのアルバムにグッと引き戻されていたりして、なんだかね人生はおもしろよねって。それだけの話なんですが、、、。
なんかね、四半世紀の時を経て、ようやくこの言霊がね、自分の肉体と精神とが少し重なるのです。書を捨て、活字を捨て、己の肉体と五感だけを頼りに来てよかったなーと。
あっ、おかげで体壊したり、訳わからん病気になったりしたけど、全然後悔ナッシングです。
「招待」
あなたが生活のために何をしているかは、どうでもいいことです。
私は、あなたが何に憧れ どんな夢に挑戦するのかを知りたいと思います。
あなたが何歳かということも 関係のないことです。
あなたが愛や夢や冒険のために どれだけ自分を賭けることができるか知りたいのです。
あなたがどの星座の生まれかということも どうでもいいことです。
あなたが本当に深い悲しみを知っているか、人生の裏切りにさらされたことがあるか、それによって傷つくのが怖いばかりに心を閉ざしてしまっていないか を知りたいのです。
あなたが、自分のものであれ人のものであれ、痛みを無視したり、簡単に片づけたりせずに、それを自分のものとして受け止めているかどうかを知りたいのです。
また、喜びの時は、それが私のものであれ、あなたのものであれ、心から喜び、夢中になって踊り、恍惚感に全身をゆだねることができるかどうかを知りたいのです。
気をつけろとか、現実的になれとか、大したことはないさ などと言わずに。
私は、あなたの話すことが本当かどうかには関心ありません。
私は、あなたが自分自身に正直であるためには、他人を失望させることでさえ 敢えてすることができるかどうかを知りたいのです。
たとえ裏切りだと責められても、自分自身の魂を裏切るよりはその非難に耐える方を選ぶことができるかどうかを。
たとえ不誠実だと言われても、そんな時にあなたがどうするかによって、あなたと言う人が信頼に値するかどうかを知りたいのです。
私は、あなたが本当の美が分かるかを知りたいのです。
それが見た目に美しく見えない時でも、毎日そこから本当に美しいものを人生に汲み上げることができるかどうかを。
私は、あなたがたとえ失敗しても、それを受け止めてともに生きることができるかどうか、それでも湖の縁に立ち、銀色に輝く満月に向かって Yesと叫ぶことができるかどうかを知りたいのです。
あなたがどこに住んでいるか、どれだけお金があるかは どうでもいいことです。
それよりも、あなたが悲しみと絶望に打ちひしがれ、どんなに疲れ果てていても、また朝が来れば起き上がり、子供たちを食べさせるために しなければならないことをするかどうかを知りたいのです。
あなたが誰を知っているか、あなたがどうしてここに来たかは関係ありません。
私とともに決してひるまずに 炎の只中に立つことができるかどうかが知りたいのです。
あなたがどこで、何を、誰と勉強したかはどうでもいいことです。
私が知りたいのは、皆が見捨ててたった一人になった時、あなたの内側からあなたを支えるものは何かということです。
私は、あなたが自分自身としっかり向き合い、その何もない時間の中にいる自分を心から愛しているのかどうかを知りたいと思っているのです。
by オライア・マウンテン・ドリーマー (ネイティブ・アメリカンの長老)
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