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もう誰も、コロナのことであーだこーだと言わなくなりましたね。
これこそが、withコロナってことなのかな?
新しい生活様式ってなんのことだっけ?
結局、僕がコロナのことで分かったことと言えば。二つだけ。
・変異し続けていること。
・多分、弱毒化しているであろうということ。(そうとも言い切れないと思っているけど)
あとのことは、「よーわからん」ってこと。
しかし、ニンゲンつーものは実に都合のいい勝手な生き物で、この「よーわからん」ものに対して、実に都合よく解釈をして、希望的な観測で事実を上書きするもんなんだなーと。
例えば同じ100という数字に到達した時のあの恐怖感と、3年経って100という数字に下がった時の安堵感。
事実と言えば、変異し続けていることと、多分弱毒化しているであろうってことだけなのに。
ワクチンだって4回、5回なんて話、当初からありました?
しかも当初は予防効果じゃなかった?いつのまにか罹患するけど重症化しませんに変わってません?
それだけでも、事実は「よーわからん」ってことなんだと思うけど。
何故にほぼほぼ「皆マスク国民」の日本が第8波で10万人を超えて、ほぼほぼ「NOマスク」の欧州各国が、日本の10%~30%の罹患率なのか?
まったく「よーわからん」
我が街、「函館」も過去最高更新している。
オレが心底「チキン」だと思っている男から、「何?コロナ怖がってんの?」みたいに言われた日にゃー、もはや失笑するしかなく。
友人のお母さんが週4回デイサービスに行っていてね、お風呂も機能訓練も必要なんだと。
ところがそこでクラスターが出てどうなるか?
・職員激減
・利用者激減
・本人、行くべきか行かざるべきか、家族と意見対立
・デイサービス事業所、利用者激減が続き、経営立ち行かなくなり事業所閉鎖
・本人、行き場なし
・職を失った職員、再就職困難
何が言いたいかっていうと、目に見えないよく分からないものを相手にするときは、
勝手に都合よく解釈するなよということ。
これ、わたくし幼いころから雪山の先輩達から教わってきたことです。
「多分、もうすぐ晴れるであろう」
「あそこの斜面は雪崩れないであろう」
「誰かが付けたトラック(シュプールのことです)があるから迷子にならず大丈夫だろう」
そういうのは全て「こうであってほしいという勝手な希望的観測であって、事実は違うし、冬山はオマエの希望的な観測通りにはならないからな。あとは怪我と弁当自分持ち」と。
このマインドは畑仕事するようになってからも確実に自分の中に根付いている。
「これくらいの雨なら大丈夫だろう」
「今年は風の被害は少ないだろう」
「明日はそんなに冷え込まないだろう」
あのね、全て驕りなんです。
まずは謙虚であれ、その上で恐れることなく勇敢であれ。
そうありたいね。
連日スゴイ数字の函館だけど、オレはワクチン未接種で今日も知り合いとランチ満喫。
チキンで悪かったね(笑)
明日からの土日は「はこだて工芸舎」さんでの出張販売です。
お時間のある方は是非どーぞ。直売所も開けております。
え~、実に色々不思議なことが頻発してて、お逢いしたこともない人から25年、四半世紀振りにネイティブアメリカンの言葉を持ち出されて、時を同じくして遅れて来た「ロビー・ロバートソン」熱が勃発していたところ。
人生に偶然なんてないよ。
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