days
- pan-farm
- 2020年8月27日
- 読了時間: 3分
いつから時計をしていないんだろう?つーか、持ってた時期ってあったけか?
一時的に必要な時を除いて、ほぼしていないなー。
時間、時間、時間がないと誰かが言う。オレに言われてもねー。
こんなご時世も相まってか、その表情からlifeをエンジョイしている感じを受けない。イキイキワクワクしている感じも受けない。時間に追われ、縛られ、支配され、加えてコロナや降り掛かる災いごとで疲弊しているのかなあ。
確かにオレも時間はない。かなりない。相当ない。もっとあればと思うし、病気は良くならないし、あちこちに飛び火して痛みは酷いし、疲労もハンパないので効率は著しく低下して、さらに時間がない。オマケで心当たりもなく突然関係を遮断されて人間不信に陥るし。
でも、良く見渡してみてればわかる。空を見上げてみればわかる。
そもそも時間なんて何処にある?実態として存在する?
9:00~17:00の就業規則の中?
一日24時間の中?
一年365日の中?
何処にもないよ、きっと。
詐称する訳じゃないが、年齢なんて自分で勝手に決めればいいんじゃないかなー。
カラスでも犬でもいい、動物たちを見てごらん。時間なんて概念も年齢なんて概念も、そんなもん持って生きていないよ。
「あー、オレもうすぐ12歳だワン。犬の寿命って短いワン」なーんて思って生きてないよ。楽しい時はしっぽをフリフリ、嬉しい時もしっぽをフリフリ。時間に追われ、縛られ、支配されているのはニンゲンだけだよ。
スマホなんて持たない彼らは、生きるのに必要な情報はすべて体にインプットされているし。
時間なんて尺度を持つことで、なんと不自由になることか。
唯一確かなことがあるとすれば、永遠という中に「確かに限りがある」ってことだけ。
過去にも未来にも存在していないのなら、今日、今この瞬間、赴くままに生きることだけだと思うのだが。
人生って、生命保険のお姉さま方が提示するような折れ線グラフのようにはいかないし、あれはただの平均値で、オレの人生すでにそうなってないし。
老いた時のために保険を掛けるような今日を生きるのではなく、今日を生きるその先に老いがあるのであって、老いは老いでその日その日を生きなくてはいけない。
時間、規則、みんな、常識、エトセトラ。
自由でいるようでいて、追われ、縛られ、支配されているものが多すぎるのかもね。
時間も規則もみんなも常識も一般論も、全てアナタの外の世界にあるもので、アナタそのものではないんじゃないのかなー?
そういう外の世界に身を寄せていた方が楽チンで火の粉は飛んでこないかもしれないけど、いつしか自分で決めることがめんどくさくなって、従ったり守ったりすることが身について、その不自由さにも無自覚になってしまい、それがフツーになってしまう。慣れって怖いよ。
その正体ってなんだろう?殆どは「Fear」かなー?
でもそれって、誰かが何かがもたらしてるんじゃなく、自分が生み出してると思う。殆どの場合。
安心(ほぼ実態無いと思うけど)ってほぼ自分の外の世界にあって、担保すればするほど「Fear」は自分の中でどんどん巨大化していくと思う。
まあそれでも、とりあえずやっぱりオレは今日も時間がないので、敬愛する我が心の師匠の新譜を聴きながら寝るしかない。
近年の創作意欲がピークに達した感maxの傑作。ジャケットとタイトルがイマジネーションを刺激してとってもいい。ホント、いいタイトルだなー。「Good Luck, Seeker」