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- pan-farm
- 2018年7月27日
- 読了時間: 5分
そのニュースが飛び込んで来た時に自分が居合せた「場所」、或いは「人」。
だいたいこういう場面においては、ほぼほぼ「間の悪い男」なのだ、いつも。トホホ。
当たり前だけど、そこに居合せた人は全員、「善良な市民」であり「良い人で」あり「極めて常識的な人」であり。
あっ、一応オレも自称善良な市民。
「未だに苦しんでいる人を思うと、死刑になって当然」
「あんなものは何度でも死刑になればいい」
「家族の怒りを考えれば当然」
麻原の時もそして昨日も、そこに居合せた「極めて常識的で善良な人々」から出てくる言動。
そのニュースの事実よりも遥かに「どーん」とオイラを世界から遠ざけ、孤立させるのでありました。
でもだからと言って、交友関係がどうこう変わる訳ではない。単純に当たり前のこととして、オレとアンタは違うのねって話なんだけど。
オレとそこに居合せた人達を隔てるもの。つまり、自分達とあの「集団」を、完全に「別物」として切り離しているところに、俺とは決定的に差異があるということらしい。
この「モーレツな違和感」。
例えば自分が被害者、或いはその家族だとして。
その「処罰感情」はどうだろうか?と想像してみる。想像の域を出ていないという時点で無責任かもしれないけど。
仮に「死刑にしろ」「死刑は当然」と思ったとして(思う可能性は大いにある)、望み通り「死刑」になって、その後の感情はどう変化していくのだろうか?これは、ちょっと想像がつかないし、わからない。ニンゲンはある種の目的が達成されると、心情にも変化が起こるとは思うけど。
じゃあ、例えば自分が「法務大臣」だとして。
「死刑」が確定している受刑者に、自分がその判断を下し、書類にサインをし、ハンコを押し、命ずることが出来るだろうか?これは、できない。何故なら、自分はただ「手続き」をしたに過ぎず、何一つ手を下さないで、それを人に押し付けている感がするから。こういうの、最もキライ。
例えば自分が拘置所の職員だとして。
当日の朝、死刑囚にそれを伝え、その部屋へ連行することが出来るだろうか?これも、できないので、多分その役割が回ってきた時点で退職して、違う仕事をするだろう。
例えば自分が、いざ「そのボタン」を押す任務を与えられたとして。
誰が押したか分からないようにボタンが2,3個あるということらしいが、そのボタンを押せるのだろうか?これもまた出来ないので、職場放棄、或いはトンズラ、はたまたバックレ、無断欠勤でそのままフェイドアウトする可能性大。つーか、そのくらいにはオレの心は「チキン」だし、「オレの押したボタンがそうしたのかもしれない」と思って生きていくほど、オレはタフじゃない。
例えば、拘置所の職員だとして、刑を執行した後、その遺体を取り扱うことが出来るだろうか?
到底、できましぇん。帰ります。
例えば、やっぱり僕が被害者の家族だとして。
モーレツな怒りとともに、「死刑」を望んでいたとして、法務大臣から「その時が来ました、あなたの手でそのボタンを押していいのですよ、押すのはアナタです」と言われたら、オレは押せるのだろうか?「オレは押せないけど、誰か刑務官が押してください」とオレが言ったとしたなら、多分その時点で、「オレはオレの全て」が崩壊しそうな気がする。
そう思うと、結局のところ、自分では出来ないことを、国家という目に見えない大きな力で下してもらうことで、どこか自分が「悪を成敗」した気分になっているだけではないのだろうか?とも思う。
法務大臣はただ「手続き」をするための書類にサインとハンコを押して、ボタンを押すニンゲンが選ばれ、そのニンゲンが誰なのか我々は知るすべもなく、押した本人ですら自分が押したのどうなのかも分からない中で、「もしかしたらオレが押したかも」という自責の念と「これでいいのだ」という折り合いの狭間で生きていく、、、オレにはできましぇん。
「死を持って罪を償うべき」、或いは「誰かがそのボタンを押さなくてはいけない」という画面やニュースソースのその先に、っていうかその前にだよね、「じゃあ、アナタはそのボタンを押せるのか押せないのか?」という、個々に問われている問題だとしたら、オレは押せないしできない、ということかな。
この種の「モーレツな違和感」は、事件当初から殆ど変わっていない。
1995年
オレは東京渋谷のラブホテル街の裏という、まあ何とも色んな意味で好立地なところに住んでいた。
20代の悶々とした日々。
「世の潮流と合い慣れない」という意味では、あの奇妙な集団に流れて行った連中とさほど変わらなかったと思う。オレがあっちへ行かなかった理由は「たまたま」というくらいの感覚でしかなかった。それほどニンゲンの心は脆弱だと思っていたし、思っている。
簡単に言えば、僕がああいう集団に行かなかったのは、奴らのヘッドギアも衣装も選挙の着ぐるみも歌も、あり得ないほどにモーレツにダサ過ぎてキモかっただけ、そして誰かの教えに付いていく気もサラサラなかっただけ。
その点、オレを救ったロックンロールミュージックは、とてつもなくアツくてクールでイカしてた。
「オレについてくるな」「自分でやれ」「自分で決めろ」「道は自分で切り開け」「責任はオマエが取れ」エトセトラ。
THE WHOのピート・タウンゼントはこうも言ってた、「ロックンロールは、別に俺たちを苦悩から解放してもくれないし逃避させてもくれない。 ただ、悩んだまま躍らせるんだ」と。
それにしても、ニュースもネットも、死刑執行後に本人の言葉がどんどん出てくるって、、、、、。
だったら終身刑にしておいて、定期的に彼らの言葉を世に出して、何故こういうことになったのか社会全体で考えられようにすれば良くね?って思うんですけど。
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今日は暑かったなー。
では、本日のお休み前の1曲。