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  • 2016年6月28日
  • 読了時間: 2分

「SEALDs」の奥田さんがフジロックに出るちゅーことで、「音楽に政治を持ち込むな」ってことで論争になってるとか。 「アニキはどう思いますー?」って聞かれたのですが、これがまあ、何と言っていいのやら、、。 以下、私見ですけど。 その1:そもそも音楽って何を持ち込んでもいいんちゃうの?恋人のこと、学校・バイト先のこと、怒りや悲しみ祈り、エトセトラ。なんか決まりとかありましたっけ? その2:政治的な表現を盛り込んだ音楽が「好き」「嫌い」はあって当然、俺も直接的表現の音楽は苦手。でも、「持ち込むな」っていうのはいかがなものかと。聴かなきゃいいだけ。 その3:それを踏まえて、「嫌い」なら広大な苗場スキー場の色々あるステージで、奥田さんが出る「アトミックカフェ」のステージを見なければいいだけと思うけど。「嫌い」という「選択」も「権利」も「自由」もあるんだからね。返す返す「持ち込むな」はいかがなものかと。 その4:そもそも「政治的」ってなんじゃらほい?オイラに言わせると、政治って永田町や霞が関のゴロツキ共の話じゃなくて、毎日パンツをはくとか歯を磨くとか車に乗るとか、今日は何を食うとか、どんな服を買うとか、子供がいれば学校のこととか、親がいれば介護のこととか、たとえ独り身でも、そりゃまあ日常生きていくうえで毎日やらなければならないことの殆どすべてが政治的な訳です。それを音楽に持ち込むなって、日常を持ち込むなって言ってるのと同等。と、オレは思うけど。 その5:とはいえ、オイラも若い時は、永田町や霞が関のゴロツキ共とオレらは別の人種と思っていた訳ですが、この年なって思うことは、何とまあそのゴロツキ共と同じようなインチキ極まりない腐った連中が身近に潜んでいたことに驚愕する日々でごわす。でも、考えてみれば、永田町や霞が関の縮図が俺たちじゃなくて、俺たちの拡大再生産が彼らだったんだねってことを理解すれば、それはそれで納得。 その6:なので、オレ的「抜本的政治改革」とは、政治家に何かを期待したり託すことではなく、とことん自分に期待して託して「抜本的に自分を見直すこと」です。「抜本的な一部」なんてことはないのです。 という訳で、今度の日曜日は、日本で最も政治的なバンド、あるいはミュージシャンと言われる中川敬のライブです。 個人的には全くそういうレッテルは当てはまらんと思うけど。 政治的って言われる音楽が、こんなにも楽しくて笑えてかっこいいということがわかりますよー。是非是非、遊びに来てちょん。

 
 
 

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