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- 2016年3月11日
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良くも悪くも、3・11以降の人間関係つーか、差異というか、温度差みたいなものは確実にあって。 端的に言うと、あの日を境に炙りだされた戦後オブラートに包まれてきた「膿」とか「闇」、つまりそれは自分の中の「膿」とか「闇」とどう向かい合うのかっていう個々の態度のことで。 誰もが無実ではなく、いつまでも「非当事者」でいられる訳はないのだとは思いつつ。 しかし、実際のところはオレにはオレの日常があり、決定的に「当事者」ではないという事を突き付けられ。 あの日以来、早々に「自分の半径5㍍、自分の生活を充実させること」に走った人には、微妙な違和感を覚え。 かといって、全てを投げ出し他者の為に尽力することも出来ず。 「まあ、みんなそれぞれ立場とか置かれている状況とか考えとか色々ありますから」、という薄っぺらな寛容さや多様性を示すかのような受容には、心底吐き気を覚え。 ならば今一度、「群れず、つるまず、繋がらず」という3原則を自分に課し。 しかし結局のところ、「自分の半径5㍍、自分の生活を充実させること」でしかないのだということを知ったころには、周りからの失笑を買い。 その失笑の意味を知れば知るほど、絶望的な気持ちになり。 それでもやっぱり、少しでも「その先へ」という気持ちだけは暴走し。 中途半端や「そこそこ」を最も嫌味嫌っていたにもかかわらず。 結局のところ、そこそこの「葛藤」と、そこそこの「折り合い」と、そこそこの「現実」と、そこそこの「希望」と、そこそこの「怒り」とかが、日々複雑に交差して絡み合って過ぎて行ったことで、この5年間はさらに余計にややこしくなってしまった。 それでも、「肝心なところで「ブレ」たことは一度もない」というそれなりの自負だけはあり。 それを貫くことで体感した、「確かなもの」は確実にあり。 それを後押してくれる類似した「魂」は、いつでも時空を超えて連鎖・交差して繋がっているのだなーと。


















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