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自分も含めて周りの同世代を見渡してみる。 年を重ねてくると、明らかに「チャレンジする」という事に対して億劫になってくる。 何かにつけて、これまでの経験則で語り、事を済ませてしまう。 それはそれで、これまでの経験の積み重ねであるからして、一概に悪いことでもないのだが、それらを言い訳のように使い、それがあたかも大人の対応であるかのような言動を見聞きする度に、なんつーかそのー、単純にカッコ悪く、ダサい。自分的にそれはイヤだ。 雪山において、滑走技術に関してはこれまでの「経験と貯金」は、まだある。つーか、それしかない。 しかし、何もしないと、その「経験と貯金」も加齢とともに目減りして行く。つまり、オイラの場合、何もなくなる。 しかも、バックカントリーエリアにおいては、滑走技術だけでは太刀打ちできないことが山ほどあるし、そもそも思い通りに滑りきるなんてことは、雪山に於いては不可能なこと。 言ってしまえば、ほぼパッシブな状態で、リカバリーの連続に過ぎない。 天気図、地図の読み方、現在地の把握、雪の結晶と雪崩のメカニズム、対処法、回避する方法、登行技術、装備・アバランチギアの使いこなし、そしてオイラの場合、根本的なフィジカルの問題、エトセトラ。 これらのことに関しては、まだまだ学ぶこと多々あり。 「雪崩に巻き込まれる」という言い回しは、あまりに傲慢で自然をナメているという言葉を教えてもらった。なるほど。 多くの雪崩は、吹雪とその直後に発生するという。しかし、「雪崩事故」の多くは、人為的な刺激とそこに人がいることで起こるという。 滑走秘術の「経験と貯金」、ファットスキーに対する過信だけで、バックカントリーエリアに行くのはリスク大。単独行動と自ら「オウンリスク」でしょ?と簡単に言ってしまうのは本当に論外、あまりに無責任で自分本位。自らの行動が、多くの人を巻き込むという可能性がある。知らないこと、知らなければいけないことが山ほどある。 小さなチャレンジの繰り返し。一本一本が、ハラハラドキドキの連続。 いつだってハラハラドキドキ、本当に楽しいことはいつでも危険とリスクの隣りあわせ。 そして、チャレンジするという事は、決して自己実現とか自分本位のものではなく、いつだって他者への思いやりのもとにあるのだということ。 とかく我々パウダージャンキーと呼ばれる人種は、降雪があったことのみでテンションmaxになりがち。 中毒性は大であるからして、心してそのリスクを学ばなければと。 にしても、ニセコ雪崩調査所とニセコルール。これまでの成り立ちと経緯、現在のその活動を知れば知るほど、頭が下がる。いつもありがとーです。 雪山とは無縁の人でも、色々それぞれの現場で共通することがあると思うので、是非下記の動画を見てもらえれば。